言葉で交わり、街を味わい、整える。大人のアジア旅

59階の夜景と、寄付が支えたモスク|クアラルンプールで二日つづけて見た、二つの経済

8月12日の夜、わたしはクアラルンプールの59階にいました。手にはビール。テーブルの会計はRM86——訪問時点の参考レート(1リンギット=約40円)で、約3,400円です。眼下には、資本が積み上げた街の光が広がっていました。

その翌日、8月13日の午後。わたしは、多くの寄付に支えられて建った、2万4千人が入る建物の中に立っていました。

二日つづけて、二つの経済を見たことになります。狙ってそうしたわけではありません。ただ、並べてみたら考え込んでしまったので、その話を書きます。

Vertigo59階から見たムルデカ118の夜景

この旅は、ひとつの問いから始まった

今回マレーシアを選んだ理由は、はっきりしていました。報道でつくられたイスラームの像と、実際とのあいだにある隙間を、自分の目で埋めてみたかったからです。

関心はずっとありました。ただ、関心があるだけで、何年も動いていませんでした。ニュースは毎日流れてくるのに、その舞台になっている宗教のことを、わたしは自分の言葉ではほとんど何も説明できませんでした。

「関心はあったのに動いていなかった対象に、自分の身体を持って会いに行く」。振り返ると、この旅はその形をしていました。一人が四日間行ったところで世界は何も変わりませんが、百聞は一見にしかず、とも言います。見た人が見たとおりに伝えることには、たぶん意味があります。

一夜目|59階から見た、積み上がった街

バンヤンツリー・クアラルンプールの59階に、Vertigoというルーフトップバーがあります。360度が開けていて、北東にペトロナスツインタワー(451.9m)、南西にムルデカ118が立っています。

ムルデカ118は678.9m。竣工時点で世界で2番目に高い建物です。この街には8月11日の夜に着いて、市内へ向かう車の窓から、それを見上げていました。その翌日、同じ塔をほぼ同じ高さ帯から見ることになりました。

Vertigoから見たペトロナスツインタワーの夜景

眼下に見えていたのは、はっきりと積み上がっていく途中の街でした。クレーンが何本も立っていて、夜でも工事の光が見えます。マレーシアは人口の中位年齢が30歳前後と若く、鉄道も再開発も同時に進んでいます。上へ、上へ、という力がそのまま形になっている。

この一杯を含めた会計がRM86。ローカル食堂なら3食ぶんです。それでも、この場所に座って街を見ている時間には、それだけの値段が付く。価値が価格になり、価格が建物になり、建物がまた価値を生む——わたしがふだん暮らしているのは、そういう仕組みの世界です。

クアラルンプール中心部の夜景

二日目の午後|寄付が支えた、2万4千人の空間

翌日の午後、シャーアラムのブルーモスク(マスジッド・スルタン・サラフディン・アブドゥル・アジズ・シャー)に行きました。青いドームは直径51.2m、4本のミナレットは142.3m。収容人数は24,000人で、マレーシア最大の礼拝所です。

シャーアラムのブルーモスクの外観

ここには無料のガイドツアーがあって、わたしもそれに参加しました。説明はこの順番で進みました。1日5回の礼拝があること。礼拝の作法。キブラ——メッカの方角のことで、建物全体がその向きに合わせて設計されていること。そして最後に、この建物が多くの寄付によって実現したのだ、ということ

そこで、前の晩のことを思い出しました。

ただ、正確を期しておきます。あとで調べて分かったのですが、このモスクはセランゴール州の州立モスクで、建設は当時のスルタンの発意によるものでした。資金も州の財源が中心だったようです。つまり「寄付だけで建った」わけではありません。

それでも、ガイドの説明の最後に置かれていたのが寄付の話だったことは、わたしには印象的でした。何を最後に伝えるかにも、その社会の重心が出ます。

ブルーモスクの礼拝空間と青い絨毯
hiron
前の日の夜は59階でビールを飲んでいて、次の日は寄付が支えた建物の中に立っている。自分でも順番が出来すぎだなと思いました

寄付で建つ、という仕組み

帰ってきてから、あのとき聞いた話を整理しました。イスラームには、お金を手放すことについて性質の違う三つの仕組みがあります。

制度 性質
ザカート 義務。一定の資産を持つ人に課され、率は通常2.5%とされる。使途はクルアーンで指定されている(貧者・困窮者・負債を抱えた人・旅人など)
サダカ 自発的な寄付。金額も時期も自由。大規模な建築の資金源になることが多い
ワクフ 財産を永久に神へ捧げ、そこから生まれる収益を公共に充てる制度。モスク・学校・病院・井戸などが歴史的にこれで建てられてきた

わたしが引っかかったのは、金額の話ではなく、お金の出どころと行き先の構造が、自分の慣れた世界とまるで違うことでした。

わたしが慣れている調達 ここで聞いた調達
出す人 政府(税)、企業(投資) 信徒
見返り 税収、収益、リターン 来世での報い
持ち主 国、株主 誰のものでもない(神に帰属する)

「誰のものでもない建物」という考え方が、いちばん遠くて、いちばん面白いと思いました。59階のバーは誰かの資産です。あの礼拝空間は、そうではない。少なくとも、そういう建て前で建っている。

プトラモスクに掲示された五柱の解説パネル

前日に行ったプトラジャヤのプトラモスクには、非ムスリム向けの解説パネルが並んでいました。信仰の五つの柱——信仰告白、1日5回の礼拝、喜捨、断食、巡礼。喜捨(ザカート)は、その五本のうちの一本として並んでいます。パネルの英語表記も “Alms Compulsary Giving”——義務としての喜捨、でした。「余裕があればする善行」ではなく、祈ることや断食することと同じ列に置かれている。

同じ会場には「Journey to Eternity(永遠への旅)」という図もありました。魂が辿る道のりを14段階の図解にしたもので、現世はその3番目のステップとして描かれ、そこに「YOU ARE HERE!」と矢印が刺さっていました。人生を、長い旅程の途中の一区間として位置づける図です。

Journey to Eternity の解説パネル

持ち帰ったのは「割合」ではなく「構造」

誤解のないように書いておくと、わたしはこれを信仰の話として持ち帰ったわけではありません。2.5%という数字を真似しよう、という話でもありません。

借りられると思ったのは、数字ではなく構造のほうでした。

ザカートの性質 そこから借りられる考え方
義務であって任意でない 「余裕があれば」にしない
割合が定まっている 額ではなく比率で決める。総額が増えても比率は変わらない
使途が指定されている 何に使うかを、使う時ではなく先に決めておく
蓄積そのものを目的にしない 溜め込むこと自体をゴールにしない

いちばん効くのは、たぶん「先に決めて、後から動かさない」という一点です。

人間の欲は、後から理由をつけるのがとてもうまくできています。「今年は事情があるから」「もう少し余裕ができてから」。その場で判断すると、まず間違いなく先送りになります。だから制度のほうが先に決めてしまう。義務にして、比率を固定して、使い道まで指定してしまう。意志の弱さを前提にした設計だと思いました。

イスラームだけの発想では、ないらしい

これは今回のいちばんの引っかかりです。似た形の仕組みは、イスラームだけのものではありません。

仏教には少欲知足という教えがあり、ユダヤ教には、土地を元の持ち主に返すヨベルの年(50年ごと)や、負債を帳消しにする安息年(7年ごと)があります。

ただ、これを「どの伝統も独立に同じ結論へ辿り着いた」とまとめるのは、たぶん言いすぎです。イスラームは自らをアブラハム以来の啓示の最終形と位置づけていて、ユダヤ教とは系譜がつながっています。少欲知足のほうは制度ではなく、個人の心がけの側にある教えです。並べ方としては、かなり雑になります。

それでも、引っかかったのはこういうことでした。放っておくと溜め込んでしまう——これは、いくつもの伝統がそれぞれのやり方で扱おうとしてきた問題らしい。持ちすぎることを個人の心がけだけに任せず、比率や年限を決めて外側から止めにいった例が、実際にある。

そこまでが、いまの自分の理解です。そう思ったら、あの仕組みは急に他人事ではなくなりました。

報道の像と、目で見た像

この章がいちばん書きにくいところです。慎重に書きます。

行く前のわたしは、イスラームについて「対立」の文脈でしか情報を受け取っていませんでした。行って、パネルを読んで、ガイドの話を聞いて、帰ってから自分で調べ直して、いくつか自分の思い込みがずれていたことに気づきました。

  • ムスリム人口の重心は中東ではありません。最も多いのはインドネシアで約2億4,000万人。次いでパキスタン、インド、バングラデシュと続き、この4か国だけで世界のムスリムの約4割を占めます(Pew Research Centerが2025年に公表した2020年基準の推計)。上位3か国はかなりの僅差で、資料や時点によって順位が入れ替わることもあります。いずれにせよ、わたしが漠然と「中東の宗教」だと思っていたのは、単純に間違いでした
  • いわゆるテロリズムの犠牲者について、その多くはムスリム自身だという推計があります。よく引かれるのは米国のNCTC(国家テロ対策センター)が2011年に出した数字で、宗教が判別できた事例に限れば犠牲者の82〜97%がムスリムだった、というものです。ただしこの数字には注意も要ります。判別できた事例だけを母数にしていること、被害がムスリムの多い国に地理的に集中していること——つまり宗教というより場所の問題である可能性——が指摘されています。それでも、日本で報じられる事件だけを見ていると、この偏りは視野に入りません
  • 宗派間の衝突については、宗教そのものより、統治の崩壊・権力の空白・外部からの介入のほうが強い変数だという見方があります。もっとも、これは有力な見方のひとつであって、宗教的な要因の比重をより重く見る論者もいます。わたしにどちらが正しいかを判定する力はありません
  • そしてマレーシアは、多数派がムスリムであっても多宗教が並んで成り立ちうることの、ひとつの実例でした。同じ街に、モスクと関帝廟とヒンドゥー寺院が並んでいます
プトラジャヤのピンク色のプトラモスク

ここで、はっきり書いておかなければならないことがあります。

ただし、今回わたしが見たのは、4日間の、非ムスリム向けに整えられた見学を通じての一断面です。ここから先を語る資格は、まだ自分にはありません。

案内された場所は、案内するために整えられた場所です。わたしが会ったのは、観光客に慣れた人たちです。それを「イスラームを見た」と言ってしまうのは、行く前に報道だけで像を作っていたのと、構造としては同じことになります。

hiron
ニュースで使われる言葉だけで、こんなに印象が変わるんですね。断定しないほうが信用される、というのは今回いちばん実感したことです

天気の話ができた、ということ

今回の旅で、いちばん記憶に残っているのは、実はモスクではありません。

レストランで料理を頼むとき、バーで注文するとき、「今日は暑かったですね」「さっきの雨、すごかったですね」と声をかけられたこと。それだけです。情報としては何も交換していません。天気は二人とも知っています。

夜のナシカンダール・ペリタの看板

でも、あとに残るものがあります。「あなたとわたしは、同じ雨に降られた」という事実です。

対立の構図に共通しているのは、相手を集団としてしか見ていないことだと思います。「ムスリム」「西洋」「異教徒」。カテゴリで括った瞬間に、顔が消える。天気の話は、その正反対の行為です。中身がないからこそ、身構えずに交わせる。

マレーシアでそれがやりやすかったのには、たぶん理由があります。多くの人がマレー語・英語・中国語・タミル語のうち複数を使い分けていて、多くの場面で、話し手のどちらかが非母語話者です。完璧でない言葉で話しかけられることに、街全体が慣れている。片言を恥ずかしがる必要が、まったくありませんでした。

一人が旅先で天気の話をしたところで、世界は何も変わりません。それは分かっています。ただ、変わるとしたらそこからしか始まらないだろう、とも思っています。

まとめ|広がっただけでなく、持ち帰るものがあった

出発前に立てた目的は「イスラム文化を体験して、世界観が広がればいい」というものでした。ずいぶん漠然としています。

実際に起きたのは、それより少し具体的なことでした。報道で作られた像と実際とのずれを、いくつか自分の目で確認できたこと。教義の枠組みを、自分の言葉で説明できるようになったこと。そして、二つの経済を二日で並べて見たことで、自分の暮らし方に持ち帰れる原理がひとつ見つかったことです。

先に決めて、後から動かさない。溜め込むこと自体を目的にしない。使い道は、使うときではなく先に決めておく。

——これを59階のバーで思いついたわけではありません。その翌日、寄付が支えた建物の中で聞いた話から持ち帰りました。旅というのは、そういう順番で効いてくるものらしいです。


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※建物の高さ・収容人数・料金はすべて2026年8月の訪問時点のものです。宗教に関する記述は、現地の解説パネルとガイドツアーで受けた説明、および帰国後に確認した公開情報にもとづく、わたし個人の理解です。解釈には幅があり、ここに書いたものが唯一の説明ではありません。

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